高松高等裁判所 昭和59年(う)278号 判決
原判決は,窃盗罪の罪となるべき事実として,被告人は「甲クレジツト株式会社(代表取締役乙)からキヤツシングサービスが受けられるクレジツトカード(通称名丙メンバーズ)の発行を受けたものであるが,右カードを利用して現金自動貸出機から現金を引き出す方法でこれを窃取しようと企て,昭和59年1月28日午後6時ころ,T市内の株式会社丙店1階に設置してあった現金自動貸出機に右クレジツトカードを挿入操作して右甲クレジツト株式会社所有の現金20万円を引き出し,もって右現金を窃取し」と判示している。しかしながら,窃盗罪は,他人の財物を窃取することによって成立する犯罪であるから,右の窃取行為の行われたことは,もとより窃盗罪の「罪となるべき事実」として具体的に明確に判示されていなければならない。しかるに,原判示第2の前記事実摘示をみると,被告人がその発行を受けたクレジツトカード(以下「本件カード」という)を使用して現金貸出機から現金20万円を引き出し,その占有を取得した事実は判示されているが,さらに右現金の引出しが窃盗行為にあたることについては,判文全体の趣意から明確に読みとることができない。すなわち,原判決には先ず,被告人が「甲クレジツト株式会社からキヤツシングサービスが受けられるクレジツトカードの発行を受けたものであるが,」とあり,この個所を読む限りにおいては,被告人は所定の手続に従って甲クレジツト株式会社に対し,クレジツトカード発行の申込みを行い,同社の承認を得て,適正に自己名義の本件カードの発行を受けたもので,これにより,同社は被告人が右カードを使用し,これを現金自動貸出機に挿入操作して現金の引出しを許した趣旨であると受けとれる。それならば,被告人が原判示のように現金を引き出したとしても,その行為は右会社によって許容されたところを許容された方法で行っただけであって,それを直ちに窃盗罪に問擬することはできないと思われる。もっとも,原判決には,右に続いて「右カードを利用して現金自動貸出機から現金を引き出す方法でこれを窃取しようと企て,」とあり,被告人の意思は窃取(検察官の当審での弁論等をも参照すると,ここに窃取とは,被告人が現金自動貸出機から引き出した現金につき,約旨に従って返済する意思も能力もなく,そのことを認識しているのに引き出すことを意味している,と解される。)するにあったと判示されている。しかしながら右カードによる現金貸出機よりの現金貸出機構というのは,甲会社従業員Aの司法警察員に対する供述調書,当裁判所の検証調書,現金自動貸出機説明書や当審証人Aの証言によれば,右会社が顧客の申込を認めて同顧客を丙メンバーズの会員とすればクレジツトカードを交付するとともに,現金自動貸出機の本機に会員の暗証番号と約款所定の限度額を入力しておき,会員が右カードを現金自動貸出機の端末機に挿入し所定の操作をすれば,端末機が本機に連動して機械的にその範囲内での会員指定額の現金が現金出口から出てきて,会員はこれを入手でき,会社からの融資を受けられる機構となっており,この際には全く会員の操作があるだけで,会社側において進んで(もっとも,それまでに会員の返済遅滞が2回になるとカードの利用を不能にする措置をとるようであるが。)この際における会員の内心の意思如何等を調査判断し,それに対応して融資を控制し得るような機構制度にはなっていないし,現に調査控制もしていないと認められる。しかも当審証人Aの証言によれば,カードの交付後返済遅滞2回でカードを返還してもらう者がカードの交付を受けた者全体の1.8パーセントくらいあるという。会社が会員にカードを交付する時,会社はその会員に融資しても返済の意思能力ある者と認めているのであろう。しかし,適正にカードの交付を受けた多数の会員の中には,その後現金自動貸出機にカードを挿入操作する際には,既に返済の意思能力を失っている者がいるであろうことは当然予期せねばならぬところである。それにもかかわらず,自らの財産は先ず自ら守るべき私有財産権者である右会社が,このような機構制度をとり,全く会員の操作だけに委ねこれを放任しているということは,一旦適法にカードを交付してしまえば会員の現金自動貸出機でのカード操作の際にはもはや進んで会員の返済の意思の有無等内心の意思動機目的等を問うことなくたとえ多数の会員の中に前記のような者がおろうとも,会社としてもとより望むところではあるまいが,それもやむを得ないものとしたうえで,なお,会員に現金自動貸出機でのカード操作を許容してしまっているものといわざるを得ない。してみれば,原判決は前示の如く「被告人は・・・甲クレジツト株式会社から・・・発行を受けた・・・クレジツトカードを利用して現金自動貸出機から現金を引き出す方法でこれを窃取しようと企て・・・現金自動貸出機に右クレジツトカードを挿入操作して右甲クレジツト株式会社所有の現金20万円を引き出し・・・」と判示し,窃盗の犯意であることを判示していても,その所為そのものは会社によって許容されたところを許容された方法でカード操作し現金20万円を引き出しただけで,窃取したということにはならないと考える。従って,これをもって右現金を窃取したと包括判示していても,判示されている具体的事実そのものは窃盗罪としての構成要件を充足する事実摘示ではなく,理由不備といわざるを得ない。そして右第2の事実とその余の罪とは併合罪として処断されているから,原判決はその全部につき破棄を免れない。
なお,当審における検察官,弁護人の弁論にかんがみ,右判示第2の事実につき付言するに,右の関係証拠によれば,前記のように被告人は,甲クレジツト株式会社(以下「被害会社」という)に対して,同社のクレジツト会員となることの入会申込みをし,その承認を得て,自己名義の本件カードの発行を受けたもので,右の会員になると,被害会社の加盟店に設置されている現金自動貸出機に右カードを挿入して所定の操作をすれば,右貸出機から現金が引き出され,その融資を受けられるシステムになっており,また右現金の引出しは,右貸出機に所定のボタン操作をおこなうのみで,そこに人の判断作用が介入するようにはなっておらないこと,被告人は形式的には通常の発行手続により本件カードを入手してはいるが,その反面,右カードを使用して現金の融資を得た場合に,それを被害会社に返済する意思は当初から全然なく,かつその支払能力も皆無の状態にあったのに,いわば当初から不法にカードを入手し,これを利用して返済する意思能力のない金員を得ようと計画的に行ったもので,被害会社では当時被告人のこのような事情に気付かなかったものであるが,もし被告人に右のとおりの不正の目的があって,もともと貸付金を支払う意思のないことがわかっておれば,本件カードを発行したりはしなかったことが認められる。その意味でカードを交付しこれによる現金自動貸出機の操作を許容しているといっても,自由な意思に基づくものではなく,その許容には重大な瑕疵がある。
以上の事実関係に徴すると,被告人は,不法に入手した本件カードを使用して,現金自動貸出機から,被害会社の占有にかかる現金20万円を引き出し,その占有を取得したものであると認められ,弁護人の主張するように右貸出機内の現金に対し会社の占有がないとか,被告人が人を直接に欺罔して現金を交付させたものではない。また,たしかに被害会社が被告人に本件カードを発行したということは,その使用を認めたということではあるけれども,被告人が右のような不正に入手したカードを使用し貸出機の中の現金を引き出し,自己の占有に移しても,被告人は単に被害会社に許容されたところを行ったものに過ぎないとしてこれを不問に付することはできないのであって,ここに窃盗罪が成立するとみるべきである。よって当審において補正された訴因に基づき右のように認定した。